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2022.12.26
めいどのみやげ 【その十四】デザイナー井上真季さん

誰もが一度は考えたことがあるだろう、明日世界が終わるとしたら何を食べたい? そんな究極のメニューを“めいどのみやげ”とここでは呼ぶこととし、その人をつくってきた「食遍歴」を探ります。

「大好きな食べ物はチキンナゲットとポテトチップス。食への興味は薄い方なんです」と笑う井上真季さん。そんな井上さんも小さな頃はおやつを食べ過ぎてご飯が食べられなくなり、お母さんに怒られていたという子どもらしいエピソードも持ち合わせている。しかもそのお菓子というのも、お母さんから許可されていた黒糖や出汁昆布など健康な食材だったというから、むしろ食については英才教育を受けていたとも言えるが…。そして美術を専攻し静岡で一人暮らしをしていた大学時代は、昼ごはんは納豆ご飯、夜は鍋という、ひたすら同じものを食べることでやり過ごしていた。というのも、「食は栄養を摂るためのものという感覚だったから、効率よく摂取できたらそれで良かったんです」と、なんとも潔い回答だ。フリーランス・デザイナーとして活躍する今でも、思えばほとんど同じような食生活を送っていると笑う。「カレーですらおいしくつくれないくらい料理下手なんです。だから、あえて挙げるとしたら得意料理は焼いただけ、炒めただけというシンプルなもの」なのだそう。現在、事務所を構える西予市宇和は米どころでもあり、周辺には畑を持っている住人ばかり。夏になると玄関先にご近所さんからの新鮮な野菜のお裾分けがそっと置かれていることも少なくないそうで、食材自体がおいしいからいただいてもうれしい。仕事ではパッケージデザインなどで食品メーカーに関わることも多いが「興味はないけれどおいしいものは大好きなので、おこがましくもアドバイスしてしまうんです」と、決して興味がないと一言では言いきれない環境であるのは言わずもがなだ。

 そんな井上さんのめいどのみやげは「お母さんのつくってくれたコロッケ」。と言っても丸くてコロコロの油で揚げたいわゆるコロッケではなく、コロッケの中身だけを豪快にラーメン丼に盛ったもの。お料理にも独自のこだわりとルールがあったという井上さんのお母さんのコロッケは、細かく切った人参、玉ねぎとひき肉を炒め、茹でたじゃがいもをつぶしながら混ぜて、塩胡椒で味を整えたもの。そこにケチャップとマヨネーズを混ぜたものをかけて食べていたそうだ。「きっと揚げるのがめんどくさくなってしまったんでしょうね(笑)。当時はご飯にも合わないし、あまり好きじゃなかったんです。でも大人になってからは、意外と手間がかかっていたねと姉と話すこともあるんです」と井上さん。大人になったからこそ理解できる、我が家のマイルールとそこに見え隠れする親の愛情。その“井上家のコロッケ”をめいどまで大切に持っていくのだ。

井上真季(いのうえまき)
1982年愛媛県宇和島市生まれ。静岡大学で美術・デザインを専攻。卒業後、広告代理店勤務を経て、2007年フリーに。2013年、愛媛県西予市にイノウエデザイン事務所を設立。フリーの期間が長かったが、三人寄れば文殊の知恵!と閃き、信頼するハタノさんと明上さんに助けを求める形で株式会社ERIMAKIを設立。散歩と昼酒をこよなく愛する。

イラスト:山森めぐみ
漫画家・イラストレーター。愛媛県西予市出身。
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