- 2022.03.31
- 島の音、土の声【第五回】
【第五回】「おいしい味」
この連載は「おいしい」シリーズで進めてきておりますが、実はこれ、名曲ならぬ名経典、「般若心経」から「無眼耳鼻舌意(むーげんにーびーぜっしんにー)」を 一つずつ点検しているのでした。「おいしい」といえばともかく「味」。今回はその本丸、「舌(ぜつ)」パートです。
誰かにとっては最高だったとして、誰かにとっては最悪の場合も想像に難くないですね。関東育ちの僕にとって納豆は最高。でも謎のネバネバと匂い、よく考えるとだいぶ奇妙な食べ物です。ドリアン、くさや、ブルーチーズ…おいしいの日常を揺さぶってくる数々の食べ物たち。わが家のヤギ、この草食動物はいつもフレッシュなそこら辺の葉っぱを求めてうろつき、人間のようにわざわざネバネバを求める様子は皆無です。あるいはレモン。魚にぎゅーっとかけて、あるいはサワーにポチャン、ふ〜っ、うめえ。柑橘農園があちこちにある周防大島でも、そういえば鳥がレモンを持って行ってしまうのを僕は見たことがありません。さすがに酸っぱすぎですよね、生態系の皆さん…。甘い果実 はいつだって彼らが先か人間か先か、獲り合いです。
「ミルクはお好き?」好き嫌いの克服にまつわる事態は、実は自分の脳みそ判断ではなく、腸内細菌・環境や遺伝子レベルの話であるらしい。身体各所のメンバーの都合があるようです。牛乳嫌いな人にとって、かつての精神論はなんだったんだMany Days。海外の友人は海苔を好まない傾向があるけれど、これもその類なのだとか。
子どもの頃、あんなにマズそうだったビールや明らかに受け付けなかったウニやカニみそを今やアホみたいにおいしいおいしいと言ってべろべろになり、一晩中元気とハッピーを前借りしたあげく翌日は正気と健康を失う大人となった自分。健気だった子ども時代と今の僕、全く同一人物とは思えません。アイデンティティというものはないのかもしれない。そんな命を今日も生きていくのです。

中村明珍(なかむらみょうちん)
1978年東京生まれ。2013年 に東京から山口・周防大島に移り 住む。島の農産物の通販、オンライ ン配信やイベント企画も手がける。2021年ミシマ社より『ダン ス・イン・ザ・ファーム〜周防大島で 坊主と農家と他いろいろ』を刊行。