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2022.06.30
島の音、土の声【第八回】

【第八回】はじまりはいつも亀

目を疑うようなことがありました。キス釣りをしようと息子と二人で近くの砂浜へ。竿を投げようとしたまさにその時、波にさらわれようとしている石を見ました。
「なんだあれは !?」
 息子と竿を放り投げ駆け寄ると、それは大きめのとんかつぐらいのサイズの亀でした。「助けた亀に連れられて〜」。あれ、瀬戸内海にウミガメがいたっけ?テレビでよく見る感じでは当然なく、手で拾い上げてみるといかにも池で甲羅干しをしていそうな淡水仕様です。「なぜ、浜に」。人の手によって運ばれたのか豪雨によって流され浜にたどり着き、アクシデント的に波にのまれたか。いや、「海でも暮らせるやろ」と自らの意思で大海原に漕ぎ出そうとしていた瞬間だったのかもしれない。そう、今まさに淡水の亀が一念発起してウミガメに進化しようとしていた。そうなると、僕は亀を助けたことで未来を書き換えてしまった可能性があります。
 とにかく連れて帰って飼うことにしました。ヤギと一緒に。亀の名前はマイキー、息子が付けました。ヤギの名前はこむぎ、娘が付けました。ヤギと亀はさっそくお互い無関心です。
 暑い夏を過ごし、秋になりやがて肌寒くなってきました。変温動物は冬眠するといいます。野生の亀も土や池の底に潜るとのことで、youtubeで冬眠の仕方を調べ、大きなオケにたくさんの水とミズゴケを入れると、早速その中に潜っていきました。1月、2月とこの冬は何度か氷が張り、用意してよかったと思いました。3月の啓蟄を迎え外は虫が動き出すも、水はまだ冷たい。4月、桜が咲き心地よい暖かさ。ん?まだ出てこないね。5月のゴールデンウィーク、まだ出てこない。さすがに長い。まさか冬眠失敗で死んじゃった? 家族総出で急いでオケの水を全部かきだすと、中は空っぽでした。キーッ。僕たちはふた月くらい空っぽのオケを見ていたようです。

ちなみに周防大島の海峡を大畠瀬戸といいますが、またの名を「龍宮西門」ともいうそうです。まさか――。

中村明珍(なかむらみょうちん)
1978年東京生まれ。2013年に東京から山口・周防大島に移り住む。
島の農産物の通販、オンライン配信やイベント企画も手がける。
2021年ミシマ社より『ダンス・イン・ザ・ファーム〜周防大島で坊主と農家と他いろいろ』を刊行。