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2022.11.28
島の音、土の声【第十三回】

この2年ほど、島近くのある会社の宿泊施設で宿直のアルバイトをしています。1人で夜中に泊まって、お客様の朝食をつくって退勤。コロナ禍直前から勤務しているわけですが、少し前まで宿泊の人数も少なく、「隔離」「療養」の意味もあって人とも会わずでしたが、 最近では夜の宴会や朝食の提供が再開しています。 
 朝食は、館長であり友人でもあるAさんが書いてくれるレシピを見て僕がつくってお出しします。僕は高校生のときの初めてのアルバイトが「お弁当屋」でした。「元取れているの?」と思うぐらい、はち切れそうな盛り付けで抜群のコスパを放つ名物弁当屋。その後「調理師免許取ったら?」と言われたぐらい数年間みっちり働き、注文を受けてからおかずからご飯まで、提供するのが異様に早くなりました。 
 当時クラスメイトには「なかむ」と呼ばれていたのですが、「高校生で弁当屋」というキャッチーさから、クラスで「なかむー、昼のお弁当買ってきてー」と、たびたび走らされることになります。ようはパシリです。昼休みに、両手いっぱいに自分の勤務先から皆の昼食を買ってきて配る日々。情けない。その鬱屈した青春の反動でしょうか。給料を全部使い果たして録音機材を買いました。高校生にしては高額なカセットの8トラックMTRです。ここからやみくもに多重録音をしていきましたが、それがのちにアルバムやシングルを録音して作品にする仕事が待っているとは。人生なにがあるかわかりません。 
 さて、最近の朝ごはんです。レシピで「玉子焼き」が指定されるようになりました。お弁当や朝食での定番、これをなぜか僕は今までつくったことがなく、初めてつくった玉子焼きをお客様に提供する事態に陥りました。「練習なし、いきなり本番ステージ」みたいな感覚です。「動画を見れば大丈夫」と腹をくくってエイヤっとつくってみるとできた。でも「あれ?なんか違う」僕が知っている玉子焼きとは全く異なる姿でこの世に現れました。中身はスカスカ、ほろほろに皮が崩れ、皮?皮 なんてあったっけ? 違うの、フワフワにしたかっただけなの。「て、手づくり感がかえって、い、いいだろう」と エイヤっとお客様にお出ししてしまいました。

中村明珍(なかむらみょうちん)
1978年東京生まれ。2013年に東京から山口・周防大島に移り住む。
島の農産物の通販、オンライン配信やイベント企画も手がける。
2021年ミシマ社より『ダンス・イン・ザ・ファーム〜周防大島で坊主と農家と他いろいろ』を刊行。