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2022.02.28
島の音、土の声【第四回】

【第四回】おいしい音 

 自分でテーマを考えておいて「そんなものあるんだろうか?」と思いました。が、せっかくなのでいろいろ想像してみます。「おいしくない音」はすぐ思い当たりますね。身に覚えのある「お行儀」のこと。くちゃくちゃ音を立てるとヒンシュクを買ってしまいます。あれはなんで不快に感じるんでしょう。「お、そば屋があるぞ」ズズズ、ズズッ。落語と聞けば連想しそうなあの情景。今まさにおいしく食べている様子が音だけで出現します。すごいことです。あれ? パスタは音を立てて食べない? スープは静かに飲む? 汚い? 世界は多様、文化によって受け取る印象は全然違うようです。ラーメン一丁、ずるずるずる。
 肉を鉄板にジューーッ。中華鍋に油でジャーーッ。 土鍋がコンロでグツグツグツ。火にかけると途端においしそうな気がしてくるのは「匂い」の時と同じでしょうか。おいしい=火の法則。ひんやり冷えたスイカをザリッザリッ。キーンと冷えた、かき氷。キンキンに冷えたビール。キンキン? そんな音してたっけ? 暑いときは、冷えた感触を届ける音が脳髄をおいしく揺さぶります。
 「チンして」と言って「温めるという意味の動詞だ」とわかる人はどれぐらいいるでしょうか。ピーッ、電子レンジ完了しました。ピピーッ、ごはんが炊けました。ピピ―ッピピ―ッ、冷蔵庫が開けっ放しです。なんか切ない。おいしくできたサインとしてはやはり火の法則、ジャーッとかジューッの焼けてますサイン。それか銅鑼(どら)でジョアーン。王宮のご馳走みたいな音もいいかもしれません。ジャジュジョ系ですね。
 食べたり飲んだり、調理するときを考えてきました。素材レベルではどうでしょう。ミカン、しーん。大根、しーん。静か。本当にそう?野菜の種をまく。これから極上の食材に育っていく最初の一歩、芽生えの瞬間はもしかしたら僕たちには聴こえないだけ。ミクロレベルで「ドゴアーーーン」と爆音が鳴っているかもしれないです。聴いてみたいな。

中村明珍(なかむらみょうちん)
1978年東京生まれ。2013年 に東京から山口・周防大島に移り 住む。島の農産物の通販、オンライ ン配信やイベント企画も手がける。2021年ミシマ社より『ダン ス・イン・ザ・ファーム〜周防大島で 坊主と農家と他いろいろ』を刊行。