ゆうぼく
ブランディングマネージャー 池口峻平さん
“安心安全と美味しさ”を牧場から食卓へ
次世代へつなぐ、一本筋の通ったシン農業

標高1400mの四国カルストから宇和海までを有する自然豊かな愛媛県西予市。稲作が盛んな宇和盆地の一角に精肉店・レストラン「ゆうぼくの里/ゆうぼく民」はあります。自社牧場で育てた牛や豚を精肉加工し、販売、さらにレストランまでを経営する「ゆうぼく」の池口峻平さんに、どのような経緯、思いで仕事に携わっているか、牧場から食卓までへのストーリーを伺いました。
―池口さんが入社したのはいつ頃ですか。
2020年の4月に入社し、今年で5年目になります。実家が広島県福山市で精肉店を経営していて、そこからの転職になります。
―「ゆうぼく」を知ったきっかけは何だったのですか。
代表の岡崎晋也と、群馬県にある食肉学校でたまたま一緒だったことがきっかけです。ソーセージやハムをつくって売るためには、食肉製品製造業という業種で製造する必要があるのですが、そのためには食品衛生管理者という資格がないと、施設がつくれないんです。家業のために僕は1カ月半ほど会社を休んで、岡崎は「ゆうぼく」の代表として学びに来ていました。日本全国からさまざまな経歴の食肉に携わる方が集まっていましたが、年齢が近いこと、また、広島と愛媛ということで出身が近いこともあり意気投合し、学校を卒業した後も年に数回会って情報交換するなど、交流を重ねてきました。

愛情と責任をもち生きものを育てることを大切にしている
―それがまた転職とは。
実家の精肉店で10年ほど働きましたが、このままいたら多分、福山から出ることもなく人生を終えるんだろうなと。祖父が創業して父が2代目、今は兄も家業を継ぎ、自分の経験の幅として、まだまだ至らないところがたくさんある中、他社に行ってみたいという気持ちが湧き上がりました。喧嘩別れとかそういうのではなく(笑)ポジティブな意味で、もっと自分にできることがあるのではないかと。実際、「ゆうぼく」で働き始めてから兄とは情報交換をするようになり、「ちょっと困ったことがあるんだけど」といった相談ができる関係になりました。
―「ゆうぼく」の印象はどのようなものだったのでしょう。
実家は精肉加工とお惣菜の販売がメインですが、「ゆうぼく」は牛を育てるところからやっています。会社というより、岡崎自身の印象が当初は強くて、真面目でとにかく楽しそうに夢を語る人だなって思っていました。「こんなことをやりたい」とか、「今こういう問題があるから、こんな取り組みをしてるんだ」と、ビジョンがはっきりしている人です。「ゆうぼく」は2018年まで牛だけ取り扱っていました。そこから自社牧場で豚も始めるというのを聞いて、枠にとらわれないというか、どんどん新しいことに挑戦するんだというのが、岡崎のイメージであり「ゆうぼく」のイメージでした。
奥に加工場があり、店舗では生肉から冷凍・冷蔵の加工品までが揃う
―経営者としての姿勢や目指すところに共感できることがあったのですね。
岡崎はシステムエンジニア出身という経歴なので、問題分析力があり、課題をデジタルで解決するというところが新しいと思いました。また、社内改革や福利厚生、チーム力を高めるための企画などにも取り組み、以前は運動会をしたり、互いに表彰し合う制度があると聞いていました。やっぱりお肉屋さんとしては少し変わってますよね(笑)。スタッフを大事にするところや、組織力を高めるところなどは共感できます。
―「ゆうぼく」の成り立ちについて教えていただけますか。
1990年に2頭の牛から牧場が始まりました。先代は北海道で不動産屋をしていましたが、脱サラして世界を回って農業の実情を知ったそうです。地元・愛媛に戻り自分で牛を育てようと思ったのは、アレルギー体質で食べ物に敏感な家族がいたこと、安心安全で美味しいお肉を提供したいという気持ちがあったからです。直売が始まり、1996年にはログハウスのレストランができました。今でこそ無農薬のものや無添加の加工品が多くなっていますが、90年代は成長促進剤を使わない牛の育て方や無添加のウインナーなんてほとんどない時代です。製造の担当者と「こんなのできるわけない」と喧嘩しながらも、絶対に負けなかったそうですよ。1本筋の通ったところが“らしさ”だと思いますし、ちなみにレストランのある場所、ただの野原だった所に木を植えてログハウスを知人と2人で重機を使って建てたそうです。ここで不動産屋だった頃の経験も生かされていると思います。

入口左側が精肉店舗、奥が広いテラスを有するレストラン
―思いを形にする力がすごいです。
「ゆうぼく」の特徴は成長促進剤を使わないところ、自社配合の飼料を与えているというのが一番大きいです。積極的に地元のものを使い、体づくりのための粗飼料(発酵させた稲わら)と、良質な肉質にするための濃厚飼料(お米や大豆、とうもろこしなど) を牛の成長状態に合わせ、バランスを見ながらあげています。国産飼料を使うことは牛たちの健康のためはもちろん、輸入に頼る食糧自給の形というのが将来的に見たらリスクがあると感じるからでもあります。輸入飼料の高騰で経営が左右されないよう、自分たちが安定的で持続可能な農業をしていくために、一昨年からは地域の耕作放棄地をお借りしてトウモロコシを栽培しています。また、他の牧場ではないユニークな取り組みとして、7畜種9ブランドの牛を育てています。

関係者で話し合い、認めたもののみを使用した自家配合資料
―そんなにもたくさんの!
僕が知る限り、ここまでやっている国内の牧場はないと思います。
・黒毛和種
・交雑種(黒毛和種×ホルスタイン種)
・ホルスタイン種
この3つが日本ではメジャーなのですが、
・ジャージー種
・ジャージー黒毛種(ジャージー種×黒毛和種)
・F1クロス種(3/4和牛)
・褐毛和種
など、一般に出回らないお肉も育て販売を行ってきました。
なぜこれが実現できるのかというと、直売があるからです。一般には上記のメジャーな3種以外、市場ではほとんど価値がつかないんです。例えば、ジャージー牛。牛乳やヨーグルト、ソフトクリームなど乳製品に使われるなど酪農としては盛んですが、食肉用ではあまり聞かないですよね。その理由の一つとして、ジャージー牛はあまり大きく育たないんです。単価×重さで市場では計られるので儲けになりにくい。そして、乳牛としては雌の牛は必要だけれど雄の牛は必要ない。育てたら育てた分、赤字になると事業を続けていけないので仕方なく生まれた途端に殺処分されていく。そんな切ない話もあります。でも、ジャージー牛の赤身って肉の旨みの要素であるオレイン酸(不飽和脂肪酸)が黒毛和牛と同程度あるといわれ、濃厚でとても美味しいんです。僕たちは食べる人のことはもちろんですが、共に生きていく命として、牛や豚たちのこと、環境や持続可能性についても考えながら、新しいチャレンジをしています。
―光が当たっていないところにも着目し、社会課題にも取り組んでいるのですね。
代表の岡崎は農業先進国といわれている国々、ヨーロッパからは学ぶべきところが多いと言っています。日本でもSDGsやサステナブルという言葉が使われるようになりましたが、まだまだ考え方が至っていないところがあります。これから輸出も視野に入れていこうと思っているので、環境のことや命をいただくということにちゃんと着目しなければいけません。
―また、「ゆうぼく」の特徴として熟成の加工技術があると聞きました。
「ゆうぼく」で提供する熟成肉、「はなが牛」は赤身の旨みや美味しさを引き出すため約3週間、ウエットエイジングという加工をしています。ジューシーでやわらかく、肉そのものの香りや旨みが高まるよう、手間暇をかけて熟成させます。もう一つはドライエイジングという加工で、水分を飛ばしながら30日以上熟成させます。冷蔵庫で温度管理・湿度管理・風の当て方など長年の経験に基づいた技術で、旨みが濃く香りの強いお肉をつくっています。熟成師が見極め、ベストなタイミングでお客様に提供しています。

調理に合わせて選べる、さまざまな部位や加工の肉
―お客様のさまざまなニーズに応えられるラインナップ、そしてそれを支える人と技術が蓄積されているのですね。
安心・安全はもちろんですが、お客様がリピートしてくださる一番の理由は味の良さです。クオリティを保つための技術と私たちの思いをつないでいくためには、特に若手世代の伴走者を見つけ、育てていくことが大きな課題です。「ゆうぼく」では大卒の子たちが就職し、頑張ってくれていますが、農業を続けていくためには1次産業がちゃんと儲からなくてはいけない。「かっこいい農業から日本に力を」をテーマにしているのですが、農業先進国では漁業を含め1次産業に若手がめちゃくちゃ参入しているらしいんです。今は農業専従という時代ではなくなっていますし、「ゆうぼく」では以前働いてくれていた子が巣立ち、さまざまな経験を積んでフリーランスになってまた関わってくれています。若くて頭の柔軟な、岡崎のような経営者だからこそ言えることかもしれませんが、いろんな働き方、農業への関わり方があってもいいと思うんです。自分たちの心や生活が豊かであり、それを社会に還元できれば未来をより良くできるのではないでしょうか。