脇製茶場
専務取締役 脇 純樹さん
栽培から販売まで一貫する山峡の茶どころ
若者の声から広がる新宮茶の可能性

四国のおへそ、愛媛県四国中央市新宮町でつくられる「新宮茶」。霧深い山間部に位置する新宮町ではヤマチャが自生し、古くから自家用に手もみや日乾番茶が飲まれていた歴史があります。美しい水と空気、小規模な茶畑が点在するお茶のふるさとを訪ね、脇製茶場の4代目、脇 純樹さんにお話をお伺いました。

「まぁ、まずは一服どうぞ」と、煎茶を入れてくださった
―歴史ある茶園の4代目ですが、幼い頃から家業を継ぐと思っていたのでしょうか。
家族や地域の人たちが5月、6月頃に忙しそうにしていたのはよく覚えています。今から30年以上前ですが、生産量も多く繁忙期はずっと工場が回っているような感じで、子どもながらに大変そうだなと思いながら見ていました。実際に手伝いを始めたのは大学に入った頃です。高知県の大学へ進学しましたが度々実家に帰り、休日は家の仕事を手伝い、大学を卒業して就農しました。
当時はおじいさんがいて父がいて、地域の人も頑張って農業を続けている姿を見ていました。収穫や工場の作業など人の出入りが頻繁にあるので、ここは地域みんなが家族みたいな感じです。1つの農家さんの規模が小さいので、収穫時期には近所の人が集まって畑へ行き、終わったらまた別の農家さんの作業を手伝いに行くといった感じで。そんな姿を見てきて、「私がやらないとな」と感じました。
―大学では何を学ばれていたのですか?
社会経済学部なので、農業自体のことよりもどちらかというと地域活性化に興味がありました。新宮は過疎化が進み人口がどんどん減っています。また、近くにある四国中央市は工業の町なので、そちらに働きに出る人も増えて農業従事者が減り、寂しいなぁという気持ちがありました。農家さんは戸数で言うと170近くはあると思うのですが、ご高齢の方が多く、畑はあるけど本人はもう世話できないという状況が結構多いんです。

レトロな雰囲気の販売所兼事務所。脇さんの取扱商品が揃う
―地域の課題である過疎や高齢化に対する対策や現状はどうですか。
地域の支援センターがグループをつくって、グループで畑を巡回しながら収穫もするし、畑の持ち主が世話できなかったら、草刈りから肥料やりから剪定まで仕事を受けて畑を回しています。支援センターと、新宮には私たちと大西茶園と二つのお茶屋がありますので、その三団体プラス、個人の農家さんも元気な方もいらっしゃるので、協力しながら畑の維持管理をしている現状です。今はどうにかなっていますが、グループの方もお年寄りなので、数年後、数十年後を考えると、ギリギリやっている感じです。
―地域のことを考えたら、自分もやっていきたいという思いが立ち上がったのですね。
そうですね。環境の厳しい山間の村の換金作物として嗜好品に近い単価の高いものをつくるという発想が昔からあり、昭和20年代ぐらいまでは葉タバコの生産をしていましたが、それもお金にならなくなり、お茶に転じたという流れがあります。元々お茶は、自家用で嗜むものを畑のあぜで植えるなどしていたそうですが、昭和29年にひいおじいさん(脇 久五郎)が静岡で選抜されたばかりの「ヤブキタ種」という優秀な品種をいち早く導入し、産業化しました。
茶畑の中に建つ、久五郎さんの銅像
―お茶をつくることに適した土地だったんですね。
傾斜地なので正直、量をつくったり、効率化の意味ではめちゃくちゃ不利なんですが、葉っぱはすごくいいものができるんです。その理由としては、昼夜の気温差や季節の寒暖差が大きく、激しい環境で丈夫な樹が育成していること。そして、できるだけ農薬に頼らない栽培方法で自社に関しては栽培期間中農薬不使用・有機肥主体で栽培しています。というのも、他産地に比べて冬期寒冷のため越冬害虫が少なく、クモ、ハチ、テントウ虫などの天敵利用で栽培ができます。また、大きい畑が少なく山間に畑が点在しているため、もし虫や病気が発生してしまっても拡散しにくく対処がしやすいという利点もあります。そして、病害虫が発生しやすい三番茶は収穫せず、ほったらかしにしておきます。
―地の利を生かし、新宮らしいお茶の味を追求しているのですね。
自然の味というか、葉っぱの良さ。そこから出てくる香りとか味の力強さみたいなのは他の産地にはないところだと思います。抜ける香りとか、味自体の余韻とか力強さが新宮の強みでしょうか。あと、地の利という意味では、茶畑では塩塚高原のススキを堆肥として使用しています。工場で出たお茶のクズなども再利用し、循環型の農業を心がけているんです。
―お客様からの反応はどうですか?
地元と地元以外で分かれますが、地元はやっぱり“なじみのお茶”と思っていただいていて、「もうここじゃないと」とおっしゃる方もいて、ありがたいです。県外や場所が離れると、あまり流通していないお茶なので「独自性のある味や香りの力強さが面白い」と言っていただきます。静岡や鹿児島などの主要産地と、茶葉の蒸し方や栽培管理の仕方が微妙に違うんです。それで県外の方にもご購入いただいています。
―蒸しの違いとは?
深蒸しと普通蒸し、緑茶で言うと2つありますが、深蒸しは渋みなどを飛ばすため、蒸し時間が長いんです。平地でお日様がいっぱい当たるところは葉っぱが渋くなるので、鹿児島や静岡などの大規模な産地はそのような蒸し方が多いです。新宮では普通蒸し。中四国は山間地が多く、もともと葉っぱの香りがすごくいいというのもあり、あまり長く蒸さないんですね。針みたいに葉っぱの形が残るのが普通蒸し、深蒸しは粉状になっている部分が多いのが特徴です。
左が普通蒸し、右が粉状が多い深蒸し
―これからの課題や取り組んでいきたいことはなんでしょう。
僕らがつくっている煎茶がとにかく飲まれない(笑)。抹茶は海外でも注目され、加工用の原料などすごく伸びているんですが……。若い方は自宅にティーポットがない人も多いですよね。現代のライフスタイルに合わせて、例えば香りの良さを生かした紅茶をつくるとか、産地としてはおまんじゅうや羊羹をつくるとか、いろんな方向性を見いだしつつ、頑張っているというのが現状ですね。
―新宮といえば「霧の森大福」。これで新宮がお茶の産地だと知った人も多いと思います。
6次化産業の走りですね。インターネット販売が出てきた頃に、新宮のかぶせ茶を使った大福の販売が成功し知名度を押し上げました。今、私たちが若い人に向けて打ち出しているのはティーバッグのフレーバーティーです。葉っぱの香りの良さを生かして、烏龍茶や紅茶、ほうじ茶、愛媛県らしい柑橘の香りを合わせたお茶が人気です。

―脇製茶場と言えば、店頭販売やイベントでの出店、ポップアップにも積極的に出ているイメージがあります。
試飲販売会はおじいさんの代からやっています。生産者とお客様が直接言葉を交わせるというのは、貴重な機会だと思っています。一般的にお茶の生産者は共同の工場を持っていて、つくった茶葉を工場に入れ、そこから茶市場に出荷して終わりなんです。その後、市場に出したら茶商さんがいて、お茶屋さんが買い取って火入れをしたり独自のブレンドにするなど加工をして製品化します。コーヒー豆の流通をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
しかし私たちは、栽培して摘んで蒸して乾かしたものを売るところまで仕事が一貫しています。だからこそ、すべての過程について語ることができますし、お客様の声をスピード感をもって現場にフィードバックすることも可能なのです。若い方にもお茶に親しんでいただいて、まずは自分用からオフィス用、お土産用など用途を広げていってもらえたら嬉しいです。